Berndt Friberg Gustavsberg


Berndt Friberg (ベルント・フリーベリ)~グスタフスベリ製の陶磁器

ベルント・フリーベリ(Berndt Friberg)(1899-1981年)は、20世紀におけるスウェーデンを代表する陶芸家です。リサラーソン、リンドベリを輩出したグスタフスベリ製陶所に在籍、自身の工房で数多くの作品を手がけました。繊細で美しいフォルムと、独自の研究による釉薬の美しい色合いで知られ、今尚、世界中のコレクターから愛されています。ベルントのデザインの中からあなたのお気に入りを見つけるたり、彼の伝記を読んでもっと知識を深めたりしてください。







ベルント・フリーベリの伝記


青年時代

ベルント・フリーベリ(Berndt Friberg)(1899~1981年)はスウェーデン南部のホガナスで生まれました。 彼は陶芸家の家系の出身であり、その地域には素晴らしく精巧な陶器の伝統が深くしみ込んでいました。ベルントはわずか13歳のときに、近くのホガナス陶磁器工場で働き始めました。


Throwers at Höganas ceramic factory


ホガナス陶磁器工場の陶芸家達

Vase with oxblood glaze from 1969


右の画像:雄牛の血色の釉薬の花瓶、1969年


ベルントは陶芸家の祖父の跡を継ぎ、幸運にも才能ある叔父から訓練を受けました。彼は非常に呑み込みが早く、天賦の芸術的スキルと強い職業倫理をみせていました。ホガナスでの18年間に、彼は熟練の陶工へと成長しました。1934年、彼はストックホルムにある有名なグスタフスベリ陶芸工場に就職を決めました。


Vase with black and blue haresfur glaze


兎毛釉の花瓶

Berndt with artistic leader Wilhelm Kage and Stig Lindberg in the late 1930s


1930年代後半の芸術的指導者ヴィルヘルム・コーゲとスティグ・リンドベリとベルント


グスタフスベリへの着任

グスタフスベリでの最初の年、ベルント・フリーベリは伝説的なアートリーダー、ウィルヘルム・コーゲのもとで陶工として働きました。ベルントの着任は、コーゲのアート作品の品質の大幅な向上によって特徴付けられます。まもなく、彼はグスタフスベリで並ぶ者のない主任陶芸家になりました。キャリアの序盤を通じて、フリーベリは芸術的野心を知られていませんでした。彼の芸術的デビューは42歳までありえなかったでしょう。そして彼は他のグスタフスベリのアーティスト達とストックホルムで展覧会を開催しました。

Miniatures in the hand of Berndt


ベルントの手の中のミニチュア

Miniature vases from 1958


1958年のミニチュア花瓶


完璧主義者

ベルント・フリーベリは繊細さ、感覚的なフォルム、そして華麗な釉薬に対する眼力を持つ完璧主義者として知られるようになりました。 彼の作品のサイズは、数センチメートル以上もない大きさから、大きな床置きの花瓶の大きさまで多岐にわたります。その輪郭は、宋代の中国の炻器を含む古典的なスタイルを連想させるものでした。

Gently quadratic bowl with glossy glaze from 1965


光沢のある釉薬を用いた上品な四角のボウル、1965年

Berndt presenting a majestic vase in the 1970s


1970年代、壮麗な花瓶を展示するベルント

成功をおさめる

52歳の時に、フリーベリはヨーテボリで初めての個展を開催し、好評を博しました。スウェーデンのグスタフ6世アドルフ(Gustav VI Adolf)も、100点以上を蒐集するフリーベリ作品の熱心な収集家となりました。フリーベリの作品に対する需要は、すぐに供給を上回りました。彼の作品は一つ残らず完売しました。


Berndt Friberg at the throwing wheel in the 1970s


1970年代のろくろを回すベルント・フリーベリ

Swelling vase with aniara glaze from 1969


1969年のアニアラ釉の膨らんだ花瓶


釉薬の達人

ベルント・フリーベリは、彼の有名な「えんま帳」に細部を記録しながら、常に釉薬を洗練させていきました。初期の釉薬は、しばしば艶消しの繊細な兎の班釉でした。1960年代には、光沢のある釉薬「雄牛の血色」と「アニアラ」がより主要なものになりました。ベルントは素晴らしい陶芸技術の遺産を残しながら、1981年に亡くなるまでグスタフスベリに残りました。

 




ベルント・フリーベリ(Berndt Friberg)のサインとマーク



ベルント・フリーベリ(Berndt Friberg)の独特な作品に記されたサインやマークについて、それらを理解するのは結構難しいかもしれません。1939年から1981年の間、ベルントは4通りの異なる方法で彼のユニークな作品にマークを残しました。


Berndt Friberg's signatures 1939-1944


1. ベルント・フリーベリのサインとマーク 1939〜1944年。 グスタフスベリ社の碇マークと 「Ankargods(Anchor Ware)」という文字がレリーフで記された刻印。彫り込まれた「BF」。

Berndt Friberg's signatures 1944-1947.


2. ベルント・フリーベリのサインとマーク 1944〜1947年。グスタフスベリ・スタジオを表す手と、 「BF」が刻まれたレリーフの刻印。

Berndt Friberg's signatures 1948-1974


3. ベルント・フリーベリのサインとマーク 1948〜1974年 (1968年)。 刻まれた「フリーベリ」の署名。 制作年度を彫った刻印(下記参照)。グスタフスベリ・スタジオを表す手の刻印。 

Berndt Friberg's signatures 1975-1981


4. ベルント・フリーベリのサインとマーク 1939〜1944年 (1979年)。刻まれた 「フリーベリ」の署名。制作年度。グスタフスベリ・スタジオを表す手の刻印。



1948年から1974年の間、フリーベリは制作年度を表すために下記のようなマークを使用しています。



R = 1948

S = 1949

T = 1950

U = 1951

V = 1952

X = 1953

Y = 1954



Z = 1955

Å = 1956

Ä = 1957

Ö = 1958

A = 1959

B = 1960

C = 1961



D = 1962

E = 1963

F = 1964

G = 1965

H = 1966

I = 1967

J = 1968



K = 1969

L = 1970

M = 1971

N = 1972

O = 1973

P = 1974

Q = 1975


そんなに難しくなかったですよね?

ベルント・フリーベリの造形の世界

一点ものの花瓶の優美なフォルムは、彼の長年のキャリアの中で培われたものです。1964年に出版された「Berndt Friberg keramiker(ベルント・フリーベリ、陶芸家)」という書籍の中で、彼はこれらのフォルムの大半を、陶磁器の特徴を軸に系統立ててまとめました。それらは以下のとおりです。

Berndt Friberg vases forms ceramic family 1

陶磁器 系統1

Berndt Friberg vases forms ceramic family 2

陶磁器 系統 2

Berndt Friberg vases forms ceramic family 3

陶磁器 系統 3

Berndt Friberg vases forms ceramic family 4

陶磁器 系統 4

Berndt Friberg vases forms ceramic family 5

陶磁器 系統 5

Berndt Friberg vases forms ceramic family 6

陶磁器 系統 6

Berndt Friberg vases forms ceramic family 7

陶磁器 系統 7

Berndt Friberg vases forms ceramic family 8

陶磁器 系統 8

Berndt Friberg vases forms ceramic family 9

陶磁器 系統 9

Berndt Friberg vases forms ceramic family 10

陶磁器 系統 10

Berndt Friberg vases forms ceramic family 11

陶磁器 系統 11




ろくろを回すベルント・フリーベリ


Berndt Friberg drejar




このビデオでは、グスタフスベリ・スタジオで制作するベルント・フリーベリを紹介します。短いシーンは1942年の映画「Eld、Lera och Människor」(火、粘土、人)からのものです。